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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)273号 判決 1962年10月31日

控訴人 太陽理化器株式会社

被控訴人 株式会社島津製作所

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は次に記載するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人の陳述、

「一、本件における控訴人の行為は被控訴人の「営業上の信用を害した」ものということはできない。

(一)  「信用」なる言葉は、当然不特定もしくは多数人の関与をその内容とする概念であつて、本件についていえば、社会一般の人が特定の商標を附した商品について、その品質、性能等について、その優秀性につき信頼しているという状態をいうものである。したがつて、「信用を害された」というためには、不正競争防止法第一条第一号等に規定する行為によつて販売された商品の品質、性能等が劣悪であることによつて真正品に対する評価が不特定又は多数人の間において失墜するに至つたことが必要である。

(二)  本件では、控訴人は被控訴会社のプレートを添付したパイロメーター一個を訴外近畿大学に販売した事実があるにすぎない。これによりその一品について、被控訴会社の商品との混同を生じたとしても(それも僅か数日間である)、右大学の少数の関係者においてのみであつて、その行為により広く被控訴会社の製品の「声価を失墜して真正品までも取引きを危険視せられ」たものとはとうていいうことができない。

(三)  控訴人は不正競争防止法第一条第一号所定の「他人ノ商品ト混同ヲ生ゼシムル行為」が当然に「他人の営業上の信用を害」するものとはいえないと考える。仮に「混同」を生ぜしめたとしても本件の事実関係のもとではいまだ「信用」を害せられたということはできないから、本訴請求は理由がない。

二、仮に控訴人の行為により、近畿大学内の多数の教授学生等の間において被控訴会社の信用が害せられたものとしても、その信用回復の方法として、被控訴人主張のように多数の新聞紙上に謝罪広告を掲載させて広くその事実を一般に周知させることは不正競争防止法第一条の二、第二項にいわゆる「必要ナル処置」ということはできず、最大限度謝罪広告を学内に掲示する程度をもつて足るものといわなければならない。被控訴人の請求は、同法第一条の二の権利の本質が不法行為に基づく損害賠償ないし現状回復義務であることを無視したもので、相当困果関係の範囲を超え衡平の理念に反するものであるから容認されるべきではない。」

被控訴代理人の陳述

「控訴人の一の主張はあたらない。

(一)の「信用」の意義については裁判所の判断にゆだねる。(二)は控訴人の独断である。

本件において、取引きの相手方は大学であり、大学は法人格として一人ではある。しかしながら営業の侵害が問題になる場合は、そこにおける具体的な個々の人間が問題なのであつて法人格は関係がない。大学なる具体的人間は存在せず、したがつて本件は複数の人間に影響を及ぼしているのである。

信用は一種の無体財であつて、同一の侵害行為もその傷つけんとする対象たる無体財の大小によつて侵害行為の被害の大きさが異なら。しかも被控訴会社はその営業種目において他の業種と異なり、極度に正確性の要求されるオートメーシヨン機械その他の精密機械を取り扱うのである。換言すれば技術を売つている会社であつて、業界でも堅実主義信用第一主義で通つているのであつて、それを傷つけられることは何にもまして傷手である。一方この種業界においては大学はそれ自体非常に重要な顧客であるのみならず、その卒業生は各事業会社において機械発註その他において技術上重要な発言力を有し、教授に至つてはこれら卒業生より莫大な金額の機械の購入にあたつて相談を受けることが多く、発註決定上極めて重要な地位をしめているのである。

控訴人の二の主張について

損害賠償に代えて謝罪広告を請求している本件において「謝罪広告を学内に掲示する程度をもつて」は救済として十分でない。信用回復措置は名誉とか信用なるものが「之を金銭に見積ること極めて難く又何程多額の賠償を得るもために一且傷つけられたる名誉を回復することを得ざる」(梅謙次郎民法要義三、九一五頁)ために認められているのである。いわゆる理想的分子が強烈に働いている規定なのであつて、本件において最少原審程度の救済が与えられなければ他にこれを十分救済する方法はない。控訴人は文化国として存立すべき前提たる無形財尊重の精神が全くないものといわざるをえない。

本件行為当時被控訴会社のネームプレートをつけた製品が使用に耐えないことを知つた者は、偽造品の修理を命じた教授一人にとゞまらず発註した大学用度係や学生等多数に及んでいる。当時の関係者がすべて大学にとゞまつているわけはない。当時の学生はすでに卒業し、他の者も転勤退職等によつて学外に拡がつているのであつて、謝罪広告を学内に掲示するをもつては足らない。さらに謝罪広告を学内に掲示する場合、その掲示主体は学校施設の管理者である大学であるところ、控訴人あるいは代替執行をする被控訴人が第三者である大学に掲示を強制することはできないし、判決の執行方法からみて極めて不適当であり、執行不能になるおそれがある。したがつて謝罪広告はその登載を拒まないであろうところの一般の新聞に掲載せしめるのが相当であるといわねばならない。

本件が係争中であることは業界において相当広く知られているから、このような関係者には業界紙に謝罪広告を掲載せしめ、もつて本件が控訴会社の偽造がもとで係争になつた旨知らしめ信用を回復する必要がある。しかし業界紙を必ず取つているとはいえず、それでは足らないのであつて、前記卒業生その他の関係者に知らせるには現在のところ一般紙上をかりてこれを行なうのほかに手段がないから、一般紙に掲載することを求めているのである。」

証拠の関係は原判決に摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

不正競争防止法に基づく第一次的請求について判断する。

被控訴会社は理化学器械の製造ならびに販売等を営業目的とする株式会社であつて、大正六年設立されて以来「株式会社島津製作所」なる商号を使用しているものであり、また大正六年一〇月一六日以降現在まで商品類別第一八類(理化学、医術、測定、写真、教育用の器械機具、眼鏡及び算数器の類ならびにその各部)を指定商品とする「<十>」なる商標権を有する者である。被控訴会社の右商号と商標は不正競争防止法施行の地域であるわが国内において広く認識されている。控訴会社は理化学器械および度量衡器等の製作販売等を営業目的とする株式会社であるが、昭和三四年七月頃控訴会社の製品である指示熱電温度計(パイロメーター)に被控訴会社の前記商号ならびに商標を使用し、右商品の試験成績表に被控訴会社の前記商号を使用し、右商品を布施市小若江三二一番地近畿大学に販売した。以上の事実は当事者間に争いがない。そして原審での証人南橋威の証言と同証言により真正に成立したと認める甲第二号証の一、二によれば、被控訴会社は高温温度計なる名称で、被控訴会社の前記商標の指定商品である指示熱電温度計を販売しているものであることが明らかである。

そうすると、控訴会社の右指示熱電温度計の販売行為は、これによつて一般通常人に、控訴会社の商品を被控訴会社の商品であるかのごとき誤信をおこさせるに足るものと認められるから、不正競争防止法第一条第一号に該当する「他人の商品と混同を生ぜしめる行為」というべきである。

原審での証人南橋威の証言と同証言により真正に成立したと認める甲第二号証の一、二、によれば次の事実が認められる。被控訴会社はその製造販売する理化学器械の品質および数量において、わが国理化学器械製造販売業界の中でも有数な地歩を占め、前記商標の指定商品である指示熱電温度計を昭和一〇年より製造し、高温温度計の名称で販売しており、その製品は優秀で日本工業規格JIS、一六〇一-一九五七を満足しているものである。控訴会社が近畿大学に販売した製品は右規格に合格せず、構造、機能、外観、耐久度等において被控訴会社の製品に比し劣悪であり、そのため納入後一〇日ぐらいして近畿大学より被控訴会社に対し、検査、修理の苦情の申入れがあり、控訴会社の本件不正競争行為が発覚したものである。以上の認定を妨げる証拠はない。

そうすると、控訴会社は少なくともその過失により前記不正行為をなすことにより、現実に被控訴会社の商品と混同を生ぜしめ、これにより被控訴会社は営業上の信用を害せられたものと認めるのが相当である。

控訴人は、被控訴会社の製品の販売価格に比し控訴会社が近畿大学に納入した製品の価格は著しく低廉(二四〇〇〇円に対し一三〇〇〇円)であつたから混同を生ぜしめず、近畿大学においても真実被控訴会社の製品でないであろうという知識はあつたと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

また控訴人は、控訴会社の販売したのは商品一個であり、販売先は近畿大学一軒であつて、不特定もしくは多数人の間において被控訴会社の商品に対する評価が失墜したわけではないから、いまだ「信用」を害したとはいえないと主張する。しかしながら、営業上の信用は、営業者の営業の堅実遂行と支払能力の充実に対する第三者の評価に基づく信頼であり、人の営業についての内部的価値に対し第三者が懐抱する有利な感想である。もとより信用は対社会的関係において意義を有し、営業は多数の者の関係することを当然予定するものであるから、ある営業者について現に成立し持続している信用は、多数の第三者たる顧客、仕入先、金融機関等によつて懐抱されるものではある。しかし信用を害されたというためには、現に成立し持続している信頼の低落失墜が、不特定もしくは多数の第三者の間に生じたことを必要とする理はない。不正競争者のわずか一個の商品についての一回の不正競争行為によつて、ある営業者に対し営業上不信の念を抱くに至つた者が特定の一人にすぎない場合は、その害された信用の度合いと範囲は狭小といわざるをえないが、その場合でもやはり、そのかぎりにおいて信用を害されたとするに妨げはないのである。控訴人の右主張はあたらない。

してみると、控訴会社は不正競争防止法第一条ノ二第一項により被控訴会社に対し損害賠償をなすべき義務があるところ、被控訴会社は同第二項により金銭賠償に代え営業上の信用を回復するに必要な処置として、朝日、毎日、読売各新聞の大阪地方版と日刊工業新聞に各一回宛原判決添付第一目録記載の謝罪広告を求めた。これに対し控訴人は(イ)近畿大学においては控訴会社の販売した製品が被控訴会社の製品でないことの認識があつたこと、(ロ)販売価格金一三、〇〇〇円程度の製品一個を近畿大学一軒に販売したものであつて、不特定多数人に販売したものではないこと、(ハ)被控訴会社の下請工場に対する管理に不注意があり、その過失が本件行為の因をなしていることを主張して、被控訴会社の要求を「必要な処置」でないとなし、本件では謝罪広告を学内に掲示する程度をもつて足ると主張するので考える。控訴人主張の(イ)および(ハ)の事実はこれを認める証拠はない。原審での証人角谷近の証言によると、控訴会社は本件指示熱電温度計一個を価格一三、〇〇〇円で近畿大学一軒に販売したもので他に多数を販売したものではないことが認められ、しかも販売後一〇日ぐらいで発覚したことは前認定のとおりである。それゆえ被控訴会社の営業上の信用が害された程度範囲は必ずしも甚大深刻とはいえない。しかしながら、販売先が近畿大学一軒であるからといつてその範囲が単に特定の近畿大学という一個の法人に限られるというものではなく、大学は多数の教授、学生その他の関係者を擁し、その特殊性から、被控訴会社の製品が粗悪であるとの印象が学内のみならず学外へも伝播拡大されたであろうことはみやすい道理であり、右印象を抱いたであろう当時の在学学生等がすでに学外に去つて大阪を中心に在住勤務していることも当然推認しうるのであり、理化学器械の性能等への評価とその発言力は大学であるだけに一個人たる顧客の比ではないこと、その他本件にあらわれた諸般の事情をしんしやくして、被控訴会社の信用回復の方法としては、控訴会社に対し、原判決の容認した謝罪方法を命ずることが必要な処置であり、妥当であると考える。控訴人主張の学内掲示はそれができれば一般新聞紙等への謝罪広告の掲載を若干軽減しえようが、学内掲示を近畿大学が許容することの担保は本件では認められないし、仮にあえてこれを判決で認めたところで判決の執行方法からみて執行不能に終る公算が大であり、結局適当とはいえないから、右方法は採らない。

そうすると、これと同趣旨のもとに被控訴人の本訴請求を一部認容した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 大江健次郎 北後陽三)

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